こころとからだのナビゲーター〜 BodyTalk、心理カウンセリング、占星術〜                                              みやびの道・・人生という道をゆく・・・
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初夏の陽気の日曜日、
明治学院大学で自然療法機構主催(NaO)のイベントがあり
NaOフェス東京・輝く地球の植物たちと題して
ドイツでヒルデガルド医術の研究、実践をしておられる
ペーター・ゲルマン先生の講演会などが催されました。

イベントの一環でボディートークのブースを出しましょうかと
仲間に声をかけていただいたのがきっかけで参加してきましたが、
東大病院医師の未来の医療を探求されている稲葉俊郎先生や、
環境運動家、文化人類学者の辻真一先生やアンニャ・ライトさんの
講演も、人間、植物、動物、地球の在り方を提案する
たいへん興味深いものでした。
 

ヒルデガルド・フォン・ビンゲンは中世ドイツの修道女で、
植物療法の祖と言われています。
女性で初の作曲家でも詩人でもあり
幻視体験もした神秘家でもあり多才な女性でもあります。
  
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%B3

私は植物療法の世界を紐解きたいけれど
体が反応しやすくて、カモミールは利尿作用が促進しすぎ、
ホーリーバジルは覚醒して一睡もできず。。
葛根湯では血圧が160以上になり動悸が激しくなったり
タイ料理で使うガランガルは一口噛んだだけで
感情が怒涛のごとく噴出して
レストランで号泣が止まらなくなったり。。

出先でいただいたミックスハーブティーを一口飲んでしまった折には
帰りの電車の中で眼の周りが蕁麻疹で腫れあがったり。。
紅茶でもなにが合わなかったのか血圧が急降下し冷や汗が吹き出し
気分が悪くなり店のテーブルに突っ伏し動けなくなったり。
これって西洋医学ではショック状態というんですよね。(^_^.)

過去を振り返り書き出したわけですが、あらま!結構あるある!?
風邪の時に飲んだ柴胡桂枝湯ではバッドトリップして発狂寸前。。
だったら摂るなよ、ですが。変に好奇心旺盛なこともあり(笑)
自分の体質に自覚がなかったのですね。
薬効が違う方向に働いてしまってましたが、植物のパワーはすごい!
この体の反応の良さを考えると(笑)
体に合った方法で使えば少量でも効能がより期待できるということで。
 
ヒルデガルドの名前は知っていましたが
講演でどのような機序で症状に効いていくか、
具体的なレシピをいくつか教えていただいたりしたところ、
他の植物療法は詳しくわかりませんが独自なものもあるようです。
ワインを使ったり、養命酒のような感じですね(笑)
ヒルデガルドが耳元で、植物たちの世界の扉を開いてごらんなさい
と、微笑んでささやいている気がしました。

同じ地球に生きる植物たち、
その力をどうぞ私達にも使わせてください。
エネルギー療法のボディートークやホメオパシー的には
すべては波動ですので様々な植物の波動を
自分の波動のバランスを取るために使うということになりますが、
波動というと手間はかかりませんが、味気ないですね(笑)

薬効だけでなく香りや色や味を楽しみながら自然にある薬として、
同じ命のある存在として感謝をこめながら、
昔ながらのやり方で手間暇かけながら、
体に取り入れることができるのはやはり植物ならではです。

地球に一緒に存在してくれていてありがとう。

植物たちに意識を向けた一日でした。









岐阜県、高山市はお気に入りの街の一つ。
若いころは何度かバイクで訪れていますが
電車の旅は初めてです。。
夜に到着して夕食へ。
郷土料理の朴葉味噌(ほうばみそ)を堪能。
枯れた朴葉の上に味噌を載せて焼くのですが
塩分控えめで麹の甘みが特徴でおいしい♪
つい、やはり?白いご飯を注文してしまいました(笑)
山菜の種類も多く、取れたての山菜料理は絶品。

(具材と味噌を大きな朴葉に載せて焼きます。
これはキノコ。飛騨牛が人気のようです)

高山では駅の近くのビジネスホテルに宿泊。
数少ない駅前のコンビニは観光客で一杯で品薄。。(^_^.)
なぜか皆さん夜中にアイスクリームを食べていました。
飛騨牛乳製品が人気なのでしょうか?

翌日も晴れて気持ち良く、朝日を浴びながら旧市街を散策。
20年以上前に来た時と変わらない風景にホッとしました。
歴史と伝統が息づく街並みは
いつ来ても季節の植栽にあふれています。
夏に来たときは青い朝顔が迎えてくれましたが、
今の季節は藤が迎えてくれました。





軒下のツバメ達も迎えてくれました♪
先祖代々変わらずここに住んでいるのかな
 
変わっていたのは、飛騨牛の握り寿司の店ができていて
テイクアウトの窓口は大行列!
五平餅やみたらし団子の群を抜いています。
花より団子、団子より飛騨牛寿司の時代なんですね。。
ちなみに表通りは高山ラーメンの店が大行列です。
ご当地グルメは街の活性剤になっています。
私は歳のせいかあっさり派なので(笑)
ランチは囲炉裏のある古民家の蕎麦屋で、取れたての山菜蕎麦♪
 
飛騨高山藩は金森氏が代々藩主でしたが
1692年に突然出羽国に移封となり、
高山藩は天領となり江戸から代官、郡代が派遣され、
金森家の下屋敷であった高山陣屋で政務を執り行いました。

(高山陣屋は300年の歴史を語ります。
全国に唯一現存する徳川幕府郡代役所)

 なぜ幕府直轄領になったかは諸説ありますが、
飛騨高山の金、銀、銅、材木などの豊富な資源に
幕府が目を付けたという説が有力だそうです。
富山との交通の行き来の要所でもあり、
近隣の五箇山は鉄砲の火薬の原料の煙硝の製造地となれば
幕府は何としても手に入れたいですよね。。
水面下に隠された歴史を巡るのも一考です。
 
文机のある書院から広い庭園の眺めが美しい。

年貢米の蔵の外側通路。
全国でも最古、最大級の米蔵です。


明治時代の市役所。
中に入って見学できます。
古い町並みを行き来するたくさんの人の足並みが、
窓から見るとゆっくりに見えてきます。

高山の後は特急で1時間半、富山に向かい
富山城、薬問屋の古い街に行き、
帰りは初めての北陸新幹線に乗る予定が
まさかの!!(@_@;)強風のため全面運休!!
やむなく名古屋にまた戻り、東海道新幹線で東京へ。。

(名古屋行の特急ひだ。高山に来るときは夜でわかりませんでしたが
実は渓谷を走っていた!新緑の素晴らしい景色は天のギフト♪
旅のお供は飛騨牛乳のコーヒー牛乳)

自然が為すことには抗えないですよね。
これもなにか意味があるということで、
笑って流れに乗りましょう。
計画なんていつでも変更可能ということで。
お陰様で思い出深い旅になりました♪

友人が一言、
実は私、北陸に縁がなくて、
拒否られているのか無意識の抵抗か、
今までも飛行機が飛ばなかったり、旅行がキャンセルになったり
今回はリベンジでやっと行けると思ったのに。
富山に行けなかったのは、たぶん私のせい。。と。。

えっ。。(=_=)





















 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

時代を巡る尾張(愛知県)の旅、
二日目は名鉄で犬山城へ。

天守が現存するお城は全国に12城。
そのうち国宝が5城、重要文化財が7城。
国宝は松本城、彦根城、姫路城、松江城、そしてここ犬山城です。
これで4城を制覇!松江城は出雲大社と抱き合わせで行きたいものですが、
知人が時を同じくして、なんと松江城に入っていて、お城ミラクル♪

幼い徳川義直に代わって尾張藩政を務めた
家老の成瀬氏が2代将軍徳川秀忠から拝領した城です。
元は1537年に織田信長の叔父の信康が築城したと伝えられています。
現存する天守はもっとも古いそうです。

天守は外周を一周できます。
なんと友は高所恐怖症!冷や汗ながら壁にもたれつつ一周!(^_^.)
あっぱれでござる~!
小高い山の上の城は高さ19m。。
自然の濠としての木曽川が真下に!落ちそうで怖い!
木曽川は悠々と流れ、岐阜の山々も遠くまで続き、
迫力満点のすごい眺めでした。
武士たちはこの眺めを見て勇士を鼓舞させていたことでしょう。

武具庫の周りは“武者走り”と言う周り廊下、
松本城同様、急で狭い階段。
ここを甲冑姿で駆け、階段を上がり下りしていたと思うと
いにしえ人の体力に脱帽です。
犬山駅から歩き、山を上がり、城に上っただけで
結構体力消耗しちゃいましたよ(^_^.)

城下町は保存地区で、古民家のカフェが素敵でした。
お醤油味のお団子が絶品!
おいしいものはいつの時代も人を幸せにします。
元呉服屋を拝観できたり、いにしえの暮らしを知ることができます。

犬山忍術というものがあるとのこと。
時間があったら手裏剣投げたかったです。。

犬山駅から出ているバスで20分。
江戸を後にして次は明治時代を巡ります。
 
明治村は明治時代の建築物を移築して造られた保存地区。
60以上の建築物のうち10以上が重要文化財です。
まさか。。の山の中!明治時代の市電やバスもありますが
せっかくの新緑のさわやかな日なので
山と池に囲まれた広いエリアを徒歩で散策しました。
 

これは三重県庁。ドラマ坂の上の雲でも撮影に使われました。
昔の建物は自然素材やデザインに味があって心が安らぎます。
現代の高層マンションの連立、無機質なビル街、
どこに行っても同じような町の風景は息が詰まります。
  
第四高等学校武術道場の見学は外せませんね(笑)
武道への熱き想いは今も昔も変わりません。
熱心に毎日ぞうきん掛けをされてきた床はピカピカです。
武道の精神、技を受け継いでいきたい所存です。

北里研究所の実験室の研究者の熱き想いや、
長崎の聖ヨハネ教会堂の熱き信仰心、
純粋な人の心、想いは昔も今もこれからも不変です。
 
明治の洋食屋、浪漫亭でオムライスをいただきました。
デザートの明治時代のアイスクリームは
あっさりしてさわやかな甘さと口どけ。
明治の味は私の口に合います~

帰りはバスで1時間で名古屋へ戻り、
その足で特急で3時間半、高山に着いたのは星の輝く夜でした。
時代を巡る旅。。予想外に歩いて巡る旅になっています(^_^.)
移動中は爆睡して体力補充(笑)
 
 
  
 
 
 
 
 
 
初夏の陽気は午後も続きましたが
空には雲が出てきました。
熱田神宮から地下鉄で名古屋城へ。
とりあえず腹ごしらえで、
隣の体育館の名古屋グルメ満載!の食堂で
熱田神宮で食べ損ねたきしめんを堪能。
  
(曇っていてうまく映らなかったので、Yahoo画像より)
 
徳川家康は関ヶ原の戦いの後
1610年に名古屋城を築城。
 加藤清正、福島正則など20家の大名に土木工事を命じ
1612年に7層の勇壮な城がほぼ完成。
尾張初代藩主として家康の九男、義直が入城しました。
(城壁の石には藩の石の区別をするためのしるしがついているものがあります
:写真は右側の石に丸いしるし)
 
本丸のほとんどが空襲で焼失しましたが
1959年に天守の再建が完成。
本丸御殿は現在復元工事中です。

新陰流の流祖、上泉伊勢守は
印可状を柳生石舟斎に渡しました。
江戸の徳川家康は将軍家兵法指南役として長男の柳生宗矩を迎え、
尾張藩の義直は宗矩の甥の兵庫助利厳を兵法師範として招きました。
義直は新陰流の相伝を受け、第3世となっています。
現在受け継いでいる新陰流はこの尾張柳生の方です。
新陰流を探求する一介の者の私には
ますます名古屋城とのご縁は意味深く感じます。

(徳川義直氏)
 
徳川家伝来の有名刀工の日本刀が特別展示されていて歓喜!
やはり徳川家、拵の格が違いますね。。

清州から丸ごと街並みを引っ越したと言われる名古屋の街並みを
当時の人々は天守からどんな思いで見下ろしていたのでしょうか。
 
兵どもが夢の跡。。
石垣の上にはいにしえと同じ野の花々が
初夏の風に揺れていました。

・・追記・・
名古屋城の元祖!おもてなし武将隊。
残念ながら出演時間に間に合わず、
加藤清正と前田慶次しか会えませんでしたが、
お二人ともカッコ良すぎです~ヽ(^o^)丿
 
(Yahoo画像より)

名古屋城の後は徳川美術館へ。
家康の遺愛品を中心に尾張徳川家400年の歴史を伝える美術館。
もちろん日本刀も展示されています♪
収集品はさすがに格式の高いものばかりで、
徳川家の権力と粋を感じられます。
ショップも葵の御紋を中心に武士にちなんだ品があり楽しめます♪

庭園の徳川園の塀。どこまで続く。。

庭園は広くて風が涼やかに吹き渡ります。

熱田神宮も名古屋城も、徳川園も広くて、
気づけば二人で一日中しゃべって歩いてました!
よく歩き、よく笑い、よく食べて
新緑のエネルギーもたくさんいただき
心は晴れやか、癒されました。

夜は栄の居酒屋へ。
名古屋グルメを網羅するにはやはり地元の居酒屋に限りますね。
手羽先、味噌カツ、ひつまぶし~。全部うまし!!(^。^)y-.。o○
名古屋の男性も女性も皆さん素敵で、ハートフルです。
  
一か月前でもホテル予約は満室が多く大変でした。
ホテル側も連休対応の苦肉の策?
セミダブルのシングルルームをシングル料金で
二名で泊まれるというプランに乗ってみました。
3500円でしたが寝返りなし(笑)








 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
新緑が輝く風薫る季節、
今年は何年ぶりかで連休を楽しみました。
出張や稽古以外で遠出するのは久し振り、
 
旅の友は新陰流みやび会の仲間。
目的はやはり剣と武士にちなんだ場所に(笑)。
気になりつつもなかなか行けなかった
名古屋に向かうことになりました。
 
まずは草薙の剣が御神体の熱田神宮へ。
日本人として生まれたからには
三種の神器は拝んでおきたいと思いつつ
今までなかなか足を運べなかった念願の神社です。
 

休日もあいまってたくさんの人出!
参拝も行列で順番にお参り。
本宮は伊勢神宮と同様の神明造り。
日本武尊が御東征の後、ミヤスヒメノミコトの
手許に神剣を残されたまま亡くなられました。
ミヤスヒメノミコトは113年にこの地に神剣を祀られました。
熱田大神は草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を
御霊代とされる天照大神です。
 
(昔と変わらない神事も見ることができました。
音楽、踊りは今も継承されています)

伊勢神宮は頭頂チャクラが共鳴しスコーンと抜けるような
凛とした純粋波動という感じのエネルギーでしたが
熱田神宮はハートチャクラが共鳴しました。
 優しく暖かな穏やかな愛に満ち満ちた波動を感じました。
熊本地震で被災された方々への
参拝の皆様の祈りの心も満ちているようでした。
 この日の天気のような穏やかな平安な気持ちに満ちました。
 
熱田神宮の神鶏は軍鶏!
全身が黄金色に輝いて美しい~
 
弘法大師がお手植えされたと伝わる大楠。
今日までの年月の長さを感じます。

本宮の裏手のこころの小径という名前の小道。
木漏れ日が円になっていたり
不思議なエネルギーの森の空間。
土用殿と言われる小さな古墳のようなところは
エネルギーが格段に強くびっくり!
(ちょうど本宮の真裏)
明治26年の本殿改修まではここに草薙神剣が奉安されていたそうです。
この磁場になにかあるから奉安されたのか、
奉安されたから磁場が強いのか。。両方ということで(笑)
いにしえの奉安に至る過程やミヤスヒメノミコトの想いに
しばし思いを馳せます。
 
日本三大土塀の一つ<信長塀>
桶狭間出陣の際に願文を奏し、大勝したお礼に奉納された土塀。
触れるとその時代の息遣いを感じます。
信長を始め戦国武将たちは戦のない平和な世の中を築くために戦ったと。。
戦いは何のためにあるのか?
命をかけること、命を奪うことの先に
何を見たのでしょうか。

日本武尊が東に遠征された時に佩刀した草薙の剣は
その名の通り草を薙ぐためのもので
刃を交えるためのものではなかったと。。

いにしえの人々は私たちに常に何かを問いかけています。
草薙神剣は無言でただそこに在り続けます。
今までも、そしてこれからも。。
 
境内にある茶屋の、ぞの名も<宮きしめん>
食べたかったけれど長蛇の列!(>_<)
泣く泣くお腹を空かせたまま名古屋城に向かいました。。


 
 
  
  
  
  
  
  
   
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